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PINK: ファッションでもっとも物議を醸す色の文化史

ファッションにおける色の力は、一種の社会現象とも言える。色には私たちの感情をコントロールし、私たちがどんな人間なのかを表現する力がある。しかし時を経て、社会通念の変化とともに色とそれらが象徴するものについての私たちの認識は変わってきた。ライターのサム・トロットマンはもっとも意見が分かれる色、ピンクについて考察し、なぜピンクを復活させるべきか、その理由を探る。

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色は私たちの日常生活を取り巻くものであり、それを知っているか否かに関わらず、あらゆる感情を呼び起こす力を持っている。それだけでなく、色はステータスから知性、性的な誘惑に至るまで、人があなたに対して思っていることを伝えることもできる。しかし、この社会現象はどのようにして生まれたのだろう?フランスの色彩史家のミシェル・パストゥロウによれば「色をつくり、意味を与えているのは自然ではなく社会であり、それは風景に降り注ぐ太陽の光のように絶えず変化しつづける」という。

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もっとも意見が分かれる色のひとつであるピンクは、ほかのどの色よりも、社会における意味合いが様々な変化を遂げてきた。変化し続ける色、ピンクはインドの王族の衣装からイギリスのパンクのファッションまで、世界中で様々な装いを彩ってきた。アンディ・ウォーホールは彼の代表作となった1967年のマリリン・モンローのポートレイトにピンクを使い、カニエ・ウェストは「All Falls Down」のMVでピンクのポロシャツにマスタードのしみをつけ、ウェス・アンダーソンのピンクづくしの世界は、映画「グランド・ブダペスト・ホテル」の壮麗なファサードから始まった。ポップカルチャーが様々なかたちでピンクを取り入れてきたように、それを取り巻く意味合いも様々な変化を遂げた。過去10年で、ピンクは女児向けのおもちゃや型にはまった「女の子らしさ」を連想させる印象の悪い言葉になってしまった。しかしその一方で、ピンクは強烈で政治的、かつ反逆的な色として復活してきてもいる。しかし、好きな人も嫌いな人も、ピンクには「何らかの力がある」ということには同意するだろう。

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ファッションの歴史においてもピンクはおそらくもっとも偏った見方をされた色だろう。長年にわたってピンクという色の力がファッションを形成し、そしてそれが社会によって形成されてきた経緯について、多くの文学作品が書かれ、展覧会が開かれ、議論が繰り広げられてきた。今日ではピンクは社会全般で女性のものとみなされがちだが、その理由は人が思うほど単純ではなかった。フランスの色彩史家のミシェル・パストゥロウによると「色の認識に文化を超越した真実は存在しない。色をつくり、定義し、意味を与えるのは社会なのだ」という。他の多くの色と同じように、ピンクには豊かな歴史があり、今日私たちがピンクについて考えたり連想したりすることは、数世紀前の人々の認識とは大きく異なっている。

何より素晴らしいのは、ピンクは最も長く存在する色だということだ。2018年に、科学者たちは西アフリカのモーリタニアのサハラ砂漠で、6億6000万年前から生き延びてきたと推測されるピンク色の色素をもつシアノバクテリアを発見した。このことから、ピンクは人類最古の「色」であると考えられている。その鮮やかな印象にもかかわらず、ピンクは世界のほとんどの地域で独自の名前をつけられておらず、特に西洋の文化では「明るい色合いの赤」と呼ばれていた。(しかしヨーロッパ人がピンクを「発見」するよりも先に、日本では、7つの異なる色合いのピンクに7つの異なる名前をつけていたという歴史もある。)

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西洋の世界でピンクに名前がつけられたのは、ヨーロッパの貴族の男女の間でこの色が人気を呼んだ17世紀になってからだった。彼らは贅沢と階級の象徴として、華奢で儚い、次から次へと移り変わる装いをまとっていた。この時代にはピンクは女性的な色とはみなされておらず、むしろ、「赤」「火」「強さ」「情熱」などに由来することから、「男性らしさ」を強調し、軍事的な意味合いを含む色とみなされていた。特にルイ16世はこの色を好み、花の刺繍が施されたピンク色のコートをきて歩きまわっていたと言われている。 "それから1世紀たった18世紀後半には、当時の心理学者が企業経営者の男性に、元気を回復するために部屋をパステルピンクに彩ることを推奨していたこともある。第二次世界大戦後、主に企業が女性らしさの象徴としてピンク色を売り出し始めたことによって「女の子はピンク、男の子はブルー」という固定観念が生まれ、この鮮やかな色はそれまで以上にジェンダーに結び付けられるようになった。"このような風潮が一般的ではあったが、一方で、エルヴィスのように衝撃的なピンク色のスーツやアイコニックな1955年型のピンク・キャディラックによって色のイメージを覆すような反抗的な行為は止むことがなかった。ピンク色を効かせたアートワークが印象的な1954年のアルバム「エルヴィス・プレスリー」は後にクラッシュにインスピレーションを与え、彼らの1979年のアルバム「ロンドン・コーリング」は、パンクの新時代の幕開けを告げることになった。ラモーンズやセックス・ピストルズもこの色を愛用したが、彼らのエッジの効いたピンク使いは川久保玲の現代的なファッションコレクションにもインスピレーションを与え、ピンク色はコム・デ・ギャルソンのアーカイブ全体を通じて継続的に用いられている。ここ数十年の間、男性のポップシンガー、セレブリティ、ヒップホップアーティストたちは、様々なやり方でこの色を受け入れてきた。1990年代のグランジを代表するカート・コベインはピンク色に髪を染め、ラッパーのキャムロンはピンクのミンクコートとお揃いの帽子でニューヨーク・ファッションウィークに参加し、イタリアのサッカーチームのユベントスは2015/16セリエAシーズンでフューシャピンクのアウェイユニフォームを着て優勝しており、男性が再びピンク色を取り戻しつつあることは明らかだ。

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新世代はこの色を大胆でジェンダー・ニュートラルな色としてとらえており、この5年間でミレニアル世代のものの見方が存在感を増すにつれて、ピンクはますます時代の流行に取り入られるようになってきた。この「ミレニアル・ピンク」のムーブメントはこの色の意味を変え、ポストジェンダーの時代を象徴する色になった。詩人/写真家のローラ・マティスは、パワフルなアート作品「Radical softness as a weapon」で、従来この色が含んでいたすべての意味を覆し、文化的意識をもつ新世代の女性たちのための色としてピンクを復活させた。そして男性に関しては、ジェンダーフルイド(自分のジェンダーを特定しない)のアーティスト、リル・ナス・Xやタイラー・ザ・クリエイターらが、オスカー授賞式の衣装で「可愛さ」から脱したアイロニーの効いた色としてピンクを再定義した。さらにアルファ・メイル("男の中の男")のレブロン・ジェームスがホットピンクのNIKE DUNK “NIKE × AMBUSH COSMIC FUCHSIA”を履いた姿を捉えた写真は、ピンクは子供だましの色ではなく大胆不敵なステイトメントであるということを証明している。この色は今後どうなっていくのだろう?ピンクが世代の移り変わりを経て変化していくなかで、社会におけるピンクの立ち位置や意味も変わってきている。ミレニアル・ピンクは穏やかなピンクの色合いだったが、最近の進化したピンクは世界中で起こっている政治的不安を解消する強力な対抗手段としての役割を果たしている。だからこそ「ポリティカル・ピンク」と呼ばれる、目を見張るような色合いのフューシャやショッキングピンクが、今の世代にとって、最もパワフルな色になっているのだ。今やピンクは世界のもっとも重要な問題に注目を集めるための道具として使われてきただけではない。若者達が率いるムーブメントによって、ピンクはジェンダーを超えた反体制のシンボルとして復活したのだ。

Text: Samuel Trotman

Translated by: Kazuko Sakamoto

Collage: Nikko Gary

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