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「新しい生活様式」の探求者:シャルロット・ペリアン

AI時代の幕開けが語られる今日、「マシン・エイジ(機械の時代)」という言葉はいかにも時代遅れに聞こえるだろう。しかし、今から100年も前に機械化の波を乗りこなして、「新しい生活様式」を築いたデザイナーがいた。フランス人のデザイナーで建築家のシャルロット・ペリアンである。ペリアンは、20世紀初頭に最前線で活躍したデザイナーのなかでも最も称賛されているひとりだ。

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Charlotte Perriand sur la Chaise longue basculante, B306,
(1928-1929) Le Corbusier, P. Jeanneret, C. Perriand, vers 1928 F.L.C. ADAGP, Paris 2019 ADAGP, Paris 2019 © AChP

パリの装飾美術中央連合学校でアンリ・ラパンとモーリス・デュフレーヌから家具デザインを学んだ直後のペリアンはアール・デコ様式の追従者にすぎなかった。しかし、その後すぐに20世紀半ばに隆盛を迎える近代デザインの先駆的存在となり、今日でもその牽引役として現代のデザイナーたちに影響を与え続けている。ペリアンの非凡な才能を分析してみると、新しい技術に取り組もうという革新的で根気強い彼女の気質が、天然素材の可能性にも同様に向けられることで、均衡のとれた形体や代表的なデザインを生み出していることが分かる。そして、それは今日の私たちの生活様式にさえ影響を与えている。

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Un equipement interieur d’une habitation, Salon d’Automne, Paris, 1929, Photography: FLC / Adagp, Paris 2019 © Jean Collas / AChP

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Charlotte Perriand, Collier Roulement a Billes Chromees, (Ball-bearing Necklace), 1927, Adagp, Paris, 2019 © AChP

1927年のサロン・ドートンヌに、ペリアンは「屋根裏のバー(Le bar sous le toit)」を出展して評価を得る。手の込んだ装飾を施した内装が一般的であった当時、それは衝撃的な作品であった。表層の装飾を一切省き、アルミニウムやガラス、クロームなど自動車部品に広く用いられていた工業用の素材を用いたのだった。ペリアンは、自然界に存在する非対称の美しさに強い興味を抱きながらも、機械の美しさ、特に自動車に対する興味を大きく膨らませるようになっていた。自動車はその当時の最先端技術の好例と言えるだろう。彼女は輝く車体をした高級車を眺めるために、よくシャンゼリゼ通りに通った。ペリアンが機械に魅了されていたことは、彼女のファッションからも明らかである。ペリアンは、銅製のボールが連結されたネックレスを身につけることを好み、それを「私のボールベアリング・ネックレス」と呼んで、自分が20世紀の機械時代を信奉することのシンボルと考えていた。

ペリアンが、「住宅は住むための機械である」という言葉で有名な近代建築のパイオニアであるル・コルビュジエのスタジオで働きたいと彼に申し出たのは驚くまでもない。スイス人建築家のピエール・ジャンヌレと共にペリアンは、彼らが求める合理的で機能性を強く意識した「新しい生活様式」のために、家具やインテリアのデザインに従事する。たとえば、ペリアンがコルビュジエ、ジャンヌレと共にデザインした「LC3アームチェア」(1928年)はスタイリッシュであるが座り心地は良い。金属製の家具は無機質になりがちだが、革や毛皮が組み合されて豪華な印象を与えている。有名な「LC4ラウンジチェア」(1928年)は、洗練された寝椅子と言える。写真で椅子に横たわる人物はペリアンであるが、よく見ると先ほど述べたネックレスを身につけているのが分かる。

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Le Corbusier, Pierre Jeanneret, Charlotte Perriand | Fauteuil Grand Confort, Large Model (1928)

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Le Corbusier, P. Jeanneret, Ch. Perriand, Chaise longue basculante, B306, 1928-29. Vitra Design Museum F.L.C. Adagp, Paris, 2019 Adagp, Paris, 2019 Courtesy of Vitra Design Museum

1940年に、コルビュジエのスタジオで同僚だった坂倉準三に推薦され、ペリアンは日本の商工省に輸出工芸指導顧問として招聘される。モダンデザインに向けた自身の考えを広めるために数多くの街を訪れ、学校や製造所、文化施設で講演を行なった。また、民藝運動を提唱した柳宗悦をはじめ、工芸、デザイン、建築の主要人物らと交流をしている。41年に開催された日本での最初の展覧会「選択・伝統・創造」では、特に長椅子が人々の関心を集めたが、それはペリアンが東北の山形を訪れた際に、その地方に根付いた素材と技術を用いて制作したものであった。伝統的な工芸作品を再生させ、それを現代的な感覚と組み合わせるペリアンの手法が、その作品では明瞭に見ることが出来る。その後も来日を重ね、文楽の黒子から着想した椅子「影」(1952年)や違い棚を想起させる「書架 雲」(1954年)など、日本文化からインスピレーションを得た作品を発表している。

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Charlotte Perriand, Stool, ca. 1955, Adagp, Paris, 2019 © Galerie Patrick Seguin

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Charlotte Perriand, Reception Room, 1955, Adagp, Paris, 2019 © AChP

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Charlotte Perriand, Agence Air France, Londres, 1957, Adagp, Paris, 2019 © Gaston Karquel /AChP

時系列にペリアンの作品を見ていくと、アイコニックなデザインを生み出すことだけでなく、人間の普遍的なニーズに規格化で応えていくことに徐々に関心を寄せていたことがわかる。例えば30年代後半には、戦時下におけるプレハブ建築の提案に関わっており、戦後は学校やホテル、集合住宅など、個人ではなく集団を対象にした生活環境を整備する仕事に多く携わっている。例えば、ル・コルビュジエが設計した集合住宅「ユニテ・ダビタシオン」(1952年)では、プルーヴェと共に設備デザインを担当した。300戸を超える住居に用いられるキッチン、収納、階段などは汎用性をもちつつも、規律のとれた美しさや機能を兼ね備えている。1967年から取り組んだ3万人収容のスキーリゾートの開発では、設計全体の統括に加え個室の内装や家具まで手がけた。かつて機械時代の象徴を身にまとって、新しい生活のかたちを思い描いたペリアンだが、それをいつのまにか脱ぎ、社会との関係性を強く意識したデザインにむけて舵を切っていた。

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Charlotte Perriand, Bahut, 1977, Paris, Musee des Arts Decoratifs, Adagp, Paris, 2019, MAD, Paris © Jean Tholance

ペリアンは自伝の終わりに、個々の人々の意識によって社会が構成されているのだから、新しい考察と探求への道を切り拓くためには人々の意識を尊重し予期しなければならないと語っている。現代を生きる私たちは新たな「新しい生活様式」が必要な時代に突入した。理想や夢を語ることが困難に思える今だからこそ、ペリアンが記した言葉は胸に響く。未来にたどり着くためには、現実と対峙しその先を思い描くことが必要なのだ。今、ペリアンが追求した「新しい生活様式」は、より一層深い意味合いを帯びている。

Text: Sakura Nomiyama

Translated by: Sakura Nomiyama

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