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イサム・ノグチ:

彫刻の宇宙
芸術家イサム・ノグチは彫刻の枠にとらわれず、舞台装置や家具、陶芸、庭や公園といったランドスケープデザインまで多岐にわたるジャンルを貫いた。光を彫刻した「あかり」に見られるように、常に「社会における彫刻の役割とは何か」を思考し、その在り方を追い求め続けたノグチの84年の生涯。その中で、彼が晩年情熱を注いだのが石彫だった。イサム・ノグチ庭園美術館に残された大型石彫群はどれも造形美が類稀なく、また周囲と調和した自然彫刻であることも確信させる。ノグチは長い芸術人生の中で石にどんな世界を見出したのだろうか。残された軌跡をもとにその世界を覗いてみたい。

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Isamu Noguchi tests Slide Mantra at “Isamu Noguchi: What is Sculpture?”, 1986 Venice

Biennale Photograph by Michio Noguchi The Noguchi Museum Archives, 144398 ©INFGM / ARS - DACS


 

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Isamu Noguchi with study for Luminous Plastic Sculpture, 1943 | Photograph by Eliot Elisofon

 The Noguchi Museum Archives, 03766 ©INFGM / ARS – DACS / Eliot Elisofon

西欧の正統と日本の庭
ノグチの生涯は波乱万丈なものだ。日本人でありアメリカ人であるという出生に悩み、居住地も両地のみならず、ロンドン、メキシコ、北京など様々な場所を彷徨った。そんなノグチが最初に彫刻に触れたのは、日本だった。幼少期に通った幼稚園で手を作ることを教わり、初めての彫刻を作ったことや、9歳の時に自宅を新築する際に見かけた大工道具に魅了され、手に入れた道具を渡米する際も携えたというエピソードが残る。だがこと石彫という点においては、パリを起点に話を進めたい。初めて渡仏した23歳の頃、アカデミー・グランド・ショーミエールとアカデミー・コラロッシで学びながら、コンスタンティン・ブランクーシのアシスタントとして学んだことは彼に大きな影響を与えたと言われている。ミニマルアートの先駆者としての地位を確立していたブランクーシは「コンセプトは素材に強いるものではなく、芸術家と素材の関係に内在する」とノグチに語っていたという。ブランクーシの彫刻は西洋の正統とされる外発的アプローチから作られる側面もあったと言われるが、素材との交流を師から学びノグチもまた、それと向き合うこととなる。

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Isamu Noguchi, Peking Brush Drawing, 1930 Ink on paper, 89.2 x 146.1 cm | Photograph by Kevin Noble The Noguchi Museum Archives, 01213 ©INFGM / ARS - DACS


 

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Left: Isamu Noguchi, R. Buckminster Fuller, 1929 Photograph by F.S. Lincoln
The Noguchi Museum Archives, 01411 ©INFGM / ARS - DACS / Penn State University Libraries Right: The Queen, 1931 Photograph by Kevin Noble | The Noguchi Museum Archives 00011 Whitney Museum of American Art / Licensed by Scala ©INFGM / ARS - DACS

それから8年後の1931年、31歳の頃に幼少期以来となる日本にへと戻り京都を訪ねる。ノグチは庭園や寺をまわる中で、幼少期に日本に住んだ頃に訪れた鎌倉の禅寺を思い出し、自分の原点に『庭』という概念が存在することに気づいたという。最良の友と称したバックミンスター・フラーより「庭は空間の彫刻」と教わったことも影響し、庭という空間にある石の役割を伝統的な作庭の極意をなぞるのではなく、モダンに捉えながら模索し始める。『チェイス・マンハッタンプラザのための沈床園』や重森三玲に協力を仰いだ『ユネスコ本部庭園』などでは、そうしたノグチが目指し発展させた空間としての彫刻を観賞できるだろう。

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Isamu Noguchi, Humpty Dumpty, 1946 | Ribbon slate, 149.9 × 52.7× 44.5 cm | Purchase Inv. N.: 47.7a-e Whitney Museum of American Art / Licensed by Scala ©INFGM / ARS - DACS


 

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Isamu Noguchi, Manufactured by Zenith Radio Corp. Radio Nurse and Guardian Ear, 1937 Bakelite.

Radio Nurse Photograph by Kevin Noble ©INFGM / ARS – DACS

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Isamu Noguchi, Trinity (Triple), 1945 (fabricated 1988) Bronze plate, 141.6 x 56.5 x 49.5 cm

Photograph by Kevin Noble The Noguchi Museum Archives, 9891 ©INFGM / ARS – DACS

石の声を聞く
晩年にノグチの制作意欲はより、石へと回帰していく。安息の地と選んだ香川県の牟礼町では終生の右腕となる和泉正敏との出会があった。ノグチは「石を割る行為は愛でも暴力でもあり、侵入でもある」といい、和泉は同じ行為を「山神である石の命を大切にいただくこと」という。共鳴し合う両者は、のちのイサム・ノグチ庭園美術館となる同地で石(自然石)へと没頭することとなる。大胆に削り取られた石面、泥かぶりと言われる鉄錆のニュアンスに富んだ石肌、曲線と直線を巧みに組み合わせて生む造形美は、ノグチ曰く石との対話から生まれるものだ。これは「簡単なように思えるけれど、そのとき自己の内部を無にしておかなければならない。これは世界が転換するほどの解脱で初めて到達できる(「イサム・ノグチ 発見の道」図録参照)」と磯崎新が言うように、まさに無の状態から石の声を頼りに石彫を生み出す手法で、ノグチにとって「自分とは何か」という内発的なクリエイティブを探るものであり、素材に寄り添うという西洋とは真逆の制作アプローチに自分の拠り所を定めたようにも思える。

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Samrat Yantra, Jantar Mantar; Bollingen Travels; New Delhi, India, 1949 | Photograph by Isamu Noguchi The Noguchi Museum Archives, 08447.3 ©INFGM / ARS - DACS


 

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Isamu Noguchi in Machu Picchu, Peru, 1983 Photograph by Michio Noguchi

The Noguchi Museum Archives, 06974 ©INFGM / ARS - DACS


 

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Left: Martha Graham with Spider Dress and Serpent for Martha Graham’s “Cave of the Heart”, 1946 Photograph by Cris Alexander The Noguchi Museum Archives, 01619 ©INFGM / ARS - DACS
Right: Isamu Noguchi, Sculpture To Be Seen From Mars, 1947 | Sand, Dimensions unknown Photograph by Soichi Sunami. The Noguchi Museum Archives, 01646 ©INFGM / ARS – DACS

晩年にノグチの制作意欲はより、石へと回帰していく。安息の地と選んだ香川県の牟礼町では終生の右腕となる和泉正敏との出会があった。ノグチは「石を割る行為は愛でも暴力でもあり、侵入でもある」といい、和泉は同じ行為を「山神である石の命を大切にいただくこと」という。共鳴し合う両者は、のちのイサム・ノグチ庭園美術館となる同地で石(自然石)へと没頭することとなる。大胆に削り取られた石面、泥かぶりと言われる鉄錆のニュアンスに富んだ石肌、曲線と直線を巧みに組み合わせて生む造形美は、ノグチ曰く石との対話から生まれるものだ。これは「簡単なように思えるけれど、そのとき自己の内部を無にしておかなければならない。これは世界が転換するほどの解脱で初めて到達できる(「イサム・ノグチ 発見の道」図録参照)」と磯崎新が言うように、まさに無の状態から石の声を頼りに石彫を生み出す手法で、ノグチにとって「自分とは何か」という内発的なクリエイティブを探るものであり、素材に寄り添うという西洋とは真逆の制作アプローチに自分の拠り所を定めたようにも思える。

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Isamu Noguchi, Akari 25N, 1968 117x83cm Photograph by Kevin Noble
The Noguchi Museum Archives, 03066 ©INFGM / ARS - DACS

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Isamu Noguchi in his 10th Street, Long Island City, Queens Studio, 1964
Photograph by Dan Budnik The Noguchi Museum Archives, 07281 ©2021
The Estate of Dan Budnik. All Rights Reserved / INFGM / ARS - DACS


 

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AKARI (1953) Models; 27N, 2N, BB3-70FF, BB2-S1 14A, BB1-YA1, 31N Paper, bamboo, metal ©INFGM / ARS – DACS / The Kagawa Museum

Text: Mio Koumura

English translation: Aoi Sasaki

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