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もうひとつの現実:カールステン・フラーの没入型環境は世界を覆す

世界の現実を明らかにしたいと考えるアーティストもいる一方で、現実における人間の認識に挑みたいと考えるアーティストもいます。ベルギー生まれのドイツ人アーティスト、カールステン・フラーは、後者にあてはまります。彼の作品では、鑑賞者が、自分自身を使って、自分を、自分の力で試すための実験装置としての役割を果たします。彼のインスタレーションや、金属でできた螺旋状の巨大な滑り台、感覚を遮断する水槽、逆さのキノコの不思議な世界などあらゆるものを網羅する環境は、慣れ親しんだ論理や認識を問い直す状況をつくり出します。
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このようなアートのアプローチからすると意外かもしれませんが、1961年生まれのフラーは生物学、詳しくは昆虫の嗅覚によるコミュニケーションを専門とする研究で農業昆虫学の博士号を取得しました。その後、彼は昆虫学の研究者として勤務し、ドイツのキールで自分の研究所を運営するまでになりました。しかし1980年代後半、キールに在住中に彼はアート作品を制作し始め、自分は科学よりもアートのほうに興味があると決心しました。1994年に彼は研究者としてのキャリアを手放し、仮説の概念や具体的で計測可能な結果をすべて捨て去り、実験的なパラメーターを芸術機関に持ち込み始めました。そのようなことから、自分の作品を科学とアートの架け橋とみなしているかとインタビューで聞かれたとき、フラーは「いや、とんでもない。私は科学的実験をアートの文脈に持ち込んだのではなく、その実験の形式だけを持ち込んだのです…そこにはデータを集めて結果を引き出す客観的な観察者はいません。そこに存在するのは、アート作品と、ある状況下で自らを省みることを求められた鑑賞者だけなのです」と答えました。 このアプローチの実例のひとつに、お祭りのびっくりハウスを思い出させるような光のトンネル、「Y」 (2003)があります。Y字型のトンネルは鑑賞者が通れるようになっていて、入り口は1つですが、出口は2つあります。子どもの冒険絵本「きみならどうする?」のように、鑑賞者は同じ場所からスタートし、行く先に何があるか知らないまま、ひとつの出口を選びます。このインスタレーションは、ひとりひとりの選択のジレンマを明確に表しています。鑑賞者は決断をしなければならないし、またその瞬間、そして過去を振り返って、自分の決断がどのように空間、そして後に続く作品の経験を形づくってきたか、あるいは形作っていくのかを考えなければならないのです。
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カーニバルのような美学は、特に「Mirror Carousel 」(2005)、 「Double Carousel 」(2011)、「Golden Mirror Carousel」 (2014)などを始めとする多くの作品に見られます。これらの作品はいずれも、巨大な中央の柱がプラットフォームを支えてそこから座席が吊るされている、空飛ぶブランコのような外観です。一般的な空飛ぶブランコの乗り物では、回転速度が上がるにつれて柱が上昇します。遠心力によって座席、そしてそれらに座っている人たちがほぼ水平に振り回されるときにクライマックスを迎えます。しかしフラーの空飛ぶブランコでは、この急激な上昇とそれにともなうアドレナリンの高まりは、予想に反した動きで打ち消されます。「Golden Mirror Carousel 」は5分で1回転という苦行のようなゆっくりした動きで回転し、中央の柱は座席とは逆方向に回転します。これらの相乗効果は、最初は来訪者を混乱させるかもしれませんが、その後はその場に留まり、このスローなペースに身を委ね、深い思索に誘うゆっくりした動きに没頭するよう彼らを促します。フラーのインスタレーション「Giant Psycho Tank」(1999)で設置された、人の感覚を遮断して来訪者が美術館やギャラリーから離れて無重力の状態で浮遊できる水槽でも、この深い思索に誘うゆっくりした動きが引き起こされます。
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しかし、深い思索を呼び起こしたり感覚を乱したりするような状況は、常にゆっくりしたものとは限りません。マイアミからコペンハーゲン、ニューヨークからロンドンまで世界中で設置されたフラーのチューブ型の滑り台は、しばしば美術館やショッピングモールの複数の階にわたる別の移動手段を提供しています。ニューヨークのニュー・ミュージアムでは3つの階の床に穴が開けられ、滑り台が曲りくねりながら建物全体を貫通しています。大人たちは重力に振り回され、瞬間的に制御不能になり、めまいを起こしたりします。「滑り台は移動手段だけでなく、日常生活に本物の狂気の瞬間を導き入れるための手段でもあるという考えを提案しています」と、かつてフラーは言いました。「もし滑り台がどこにでもあったとしたら…建築家たちが私の意見を聞いて、階段や、エスカレーター、エレベーターだけを設けるのをやめてくれたら、全く別世界になるでしょう。」 また、フラーは「Upside-Down Goggles」 (2009-11) や「Upside-Down Mushroom Room」 (2000)などの作品を通じて異なる世界観を提案していますが、後者は向精神作用のあるベニテングダケに対する彼の継続的な強い興味が反映されている作品のひとつです。ゴーグルがウェアラブル・テクノロジーによって個人の精神的・視覚的な空間認識をひっくり返すのに対して、逆さになったキノコは空間そのものを物理的に変化させます。鑑賞者をもうひとつの現実のなかに没入させるこれらの作品は、キノコやその幻覚作用に初めてフラーが興味を抱いたときの作品を思い起こさせます。1996年に彼はハエアガリダケの有効成分を摂取しその効果を記録した映像作品「Muscimol」を制作しました。
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フラーは、作品やプレゼンテーションをより深めるために科学の歴史や方法論を参考にすることもありますが、「すべてを疑わせたいという真摯な欲求を持っている」と美術史家・評論家・キュレーターのジェルマーノ・チェラントは述べています。フラーは、自分の作品を「オブジェ」と呼ぶよりも、「混乱のメカニズム」と呼ぶほうを好むことでも知られています。フラーは実践のすべてにおいて、科学を覆し、意図的に予想を裏切り、混乱を引き起こしながら、客観的に見て子供のような楽しさに満ちた体験を大人たちに喚起させたり、そういった体験を提供したりしています。つまりフラー自身が言っているように、彼の作品は「論理から逃れ、論理の外にある不確実性のようなものを実現する」ことを目指しているのです。
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Text: Emily McDermott Translated by: Kazuko Sakamoto Images (Top to Bottom): Carsten Höller, Upside Down Mushroom Room, 2000 | Courtesy the artist and Fondazione Prada, Milan | Photograph Attilio Maranzano (1) - Carsten Höller, Upside Down Mushroom Room, 2000 | Courtesy the artist and Fondazione Prada, Milan | Photograph Attilio Maranzano (2) - Carsten Höller, Golden Mirror Carousel, 2014 | Courtesy the artist and National Gallery of Victoria, Melbourne | Photograph Attilio Maranzano (3) - Carsten Höller, Golden Mirror Carousel, 2014 | Courtesy the artist and National Gallery of Victoria, Melbourne | Photograph Attilio Maranzano (4) - Carsten Höller, Victoria Slide, 2011 | Stainless steel slide segments, polycarbonate upper shell, steel supports, and canvas mats for sliding | Installation view from Carsten Höller: Experience, New Museum, New York 2011 | Photograph Benoit Pailley | Courtesy the artist and VICTORIA - the Art of Being Contemporary Foundation, Moscow (5) - Carsten Höller, Victoria Slide, 2011 | Installation view from Carsten Höller: Experience, New Museum, New York 2011 | Photograph Benoit Pailley | Courtesy the artist and VICTORIA - the Art of Being Contemporary Foundation, Moscow (6) - Carsten Höller, Y, 2003 | Courtesy the artist, and Thyssen-Bornemisza Art Contemporary, Vienna | Photograph Attilio Maranzano (7) - Carsten Höller, Mirror Carousel, 2005 | Courtesy: Esther Schipper, Berlin | Photograph Attilio Maranzano (8) - Carsten Höller, Mirror Carousel, 2005 | Steel, mirrors mounted on MDF panels, light bulbs, motor | Courtesy: Esther Schipper, Berlin | Photograph Attilio Maranzano (9) - Carsten Höller, Giant Psycho Tank, 1999 | Polypropylen, Meß-, Steuerund Regelanlage für Salzwasserbecken, Magnesiumsulfat, Stahlrohrgerüst | Photograph Jens Ziehe (10) - Carsten Höller, Giant Psycho Tank, 1999 | Polypropylen, Meß-, Steuer- und Regelanlage für Salzwasserbecken, Magnesiumsulfat, Stahlrohrgerüst | Photograph Jens Ziehe (11) - Carsten Höller, Giant Psycho Tank, 1999 | Polypropylen, Meß-, Steuer- und Regelanlage für Salzwasserbecken, Magnesiumsulfat, Stahlrohrgerüst | Photograph Jens Ziehe (12)