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リズムの力:ミルフォード・グレイヴスと普遍的な心臓の鼓動

リズムの力は、私たちにとっては「音楽」を通じて身近に、分かりやすく感じることができるかもしれないが、実は身近なあらゆるところに存在している。地球上の生命が体内時計に従っているということは、私たちが普段気づいていないリズムに合わせた流れがあることを示している。細胞組織の電気振動、脳の神経系統の反復的な揺らぎ、心臓の穏やかな鼓動など、私たちの体内では様々なリズムを追いかけている。

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Milford Graves triptych, practising his martial arts in the Full Mantis pose © courtesy Jake Meginsky ‘Milford Graves Full Mantis’ film

 

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Mixed media collage by Milford Graves 1994 © courtesy Ars Nova Workshop


 


ジャズドラマー、武道家、ラディカルな植物学者、独学の心臓研究者であるミルフォード・グレイヴスは、このリズムと波動の起源に人生を捧げてきた。
グレイヴスは、最近フィラデルフィアの現代美術館(ICA)で開催された彼の展覧会「A Mind-Body Deal」に関する覚書で、リズムのサウンドは言葉によるコミュニケーションよりも前からあったという考えを表明し、「私の研究は、音楽は普遍的な言語であるという信念と、その言語を定義する主要な構成要素を明らかにしたいという好奇心に由来する」、そして「どんなジャンル/文化の音楽へのアプローチにも共通項を見いだすことができる…これらの普遍性を探るなかで、その共通項は人間の心臓の鼓動だと確信するようになった」と説明した。



ヨルバの儀式からアフロブラジリアンのカンドンブレに至るまで、心臓の鼓動は精神的な意味だけでなく、身体の健康や意識の変化を生み出すうえでも重要な役割を果たしてきた。音楽療法では、ドラミングは不安症、ADHD 、自閉症などを治療するために使われており、集団での打楽器練習はグループ間での協調性を高めることが証明されている。人が集うダンスフロアでは、100-120bmぐらいが体を動かしやすいテンポと言われており、CPR(心肺蘇生法)を行う際にも、このテンポ、つまりビージーズの「ステイン・アライヴ」(日本語訳:まさにぴったりのタイトルだ)くらいの速さが推奨されている。自分の心臓の音に耳をすませたことのある人は誰でも、その原始的な響きに内在する強さと脆さに気づくだろう。
 

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Exhibition image from ‘Milford Graves: A Mind-Body Deal’ exhibition organized by Mark Christman, Artistic Director, Ars Nova Workshop, with Anthony Elms, Daniel and Brett Sundheim Chief Curator,

ICA Philadelphia © courtesy Ars Nova Workshop

 

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Exhibition image from ‘Milford Graves: A Mind-Body Deal’ at the

ICA Philadelphia © courtesy Ars Nova Workshop


 

2021年2月12日、79歳で世を去ったグレイヴスにとって、音楽に速さをあてはめるやり方は的外れだった−−自分の中にあるリズムに耳を傾ければいいのだ。
ニューヨーク クイーンズ区ジャマイカにある79歳のグレイヴスの自宅には、人体模型、心臓モニタリング装置、アフリカのフラクタルパターンの本のコレクションなどが所狭しと並ぶなかに、「drum listens to the heart」(ドラムは心臓の音を聴く)と記されたドラムヘッドが置かれている。それは彼のライフワークの意味を明らかにしてきた大事な言葉だ。
ニューヨーク・アート・クインテットの初期メンバーだったグレイブスは、アルバート・アイラーの「Love Cry 」やソニー・シャーロックの「Black Woman 」などの狂騒的な60年代のフリージャズのレコードやドン・プーレンらとのコラボレーションを通して、アヴァンギャルド・ジャズの構築に貢献した。グレイヴスが両脇にゴングを置き、口にホイッスルをくわえて演奏しているのを見ること、それは身体的な経験といえる−−彼のドラムセットはプレイするためのものではなく、考えるための道具なのだ。バイブレーションを解き放つためにドラムの裏面のヘッドを外した最初のドラマーのひとりだったグレイヴスは、体操選手のような俊敏さでリズムを捻じ曲げ、解き放った。時々グレイヴスは何か見えないものと会話しながらドラムを叩いているように見えたが、しばらくすると、彼が自分の体内の神経系統と対話していたことに気づくだろう。
ジェイク・メギンスキーが2018年に制作したドキュメンタリー「ミルフォード・グレイブス」のなかで、彼は「心臓の収縮と弛緩の間の長さは異なる」と彼は説明する。「"ド・クン...ド・クン...”の間隔。それがまったく同じだったら、非常に危険だ。」 
その年の後半、グレイヴスは一般に「硬直性心疾患」として知られる「アルミロイド心筋症」と診断され、余命6ヶ月と宣告された。彼の心臓は不穏な規則性をもって鼓動していたのだ。彼が生涯をかけて否定してきたメトロノームのように。彼は、残された時間をただ時の流れに任せることを拒否した。

 

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Milford Graves performing © courtesy Jake Meginsky ‘Milford Graves Full Mantis’ film

 

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Exhibition image from ‘Milford Graves: A Mind-Body Deal’ at the

ICA Philadelphia © courtesy Ars Nova Workshop

 


グレイヴスは主にミュージシャンとして知られていたが、彼は自分の創造性や想像力の可能性を狭めるような「ジャンル」という境界を超え続けてきた。実際に、彼は獣医として勤務していたときに、心雑音や不整脈を識別する参考音源として聴診器を使って録音された12インチレコードに出会ったのだ。  
そこでグレイヴスは心臓のリズムについての調査を始めた。リール式テープレコーダーに接続した電子聴診器を使って、彼は家に来た人全員の心臓の鼓動を記録した(今では5000件以上の記録を残した)。心電図、LabVIEW技術、そして様々な最新の装置を使って、彼は心臓音から波形を生成することに成功した。そして我々が脈動として認識している「ドクン、ドクン、ドクン」という響きの奥深くに暗号化されたメッセージのように埋め込まれている変動や振動を明らかにするために、それらのセグメントを細分化し、拡張した。 
グレイヴスはデータのビジュアライゼーション(可視化)やメロディーのソニフィケーション(可聴化)を生成するアルゴリズムを書き、人間の心臓の可変的な振動を形にした。2017年には心臓音を利用して幹細胞を再生する技術を共同で特許化した。微視的なレベルでは、グレイヴスは鼓動、音楽のリズム、そして地球の生命の基礎を形作る振動する細胞の間に存在するひとつの循環呼吸を見出していた。
グレイヴスはその発見に挑むかのように、究極の方法で自分の研究の真価を問うた。彼自身の体を彼の研究対象にしたのだ。2020年8月、ニューヨーク・タイムズ紙のインタビューで、彼は「結果的には、自分自身を治療するために心臓を研究していたことになる」と語った。彼は実際に硬直した自分の鼓動を聴き、それを解釈してドラムヘッドで叩き、その結果得たリズムを修正して、自分の音楽の精神と自らの生命を維持する呼吸を結びつけるバイオフィードバックのループを生成した。宣告された余命よりも6倍も長生きしたということは、グレイヴスがやってきたことは正しかったことを証明している。最後まで人々に感動を与え続けた彼は、2020年秋に行われたインタビューで「今までで最高のクリエイティビティを発揮していると思う」と語った。
 

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Exhibition image from ‘Milford Graves: A Mind-Body Deal’ at the ICA Philadelphia © courtesy Ars Nova Workshop

ミルフォード・グレイヴスは何をするにしても、まずその源流に立ち返った。彼は園芸カタログでカマキリを注文して裏庭で放し飼いにし、その動きを実際に研究することで、カンフーの基本を学んだ。それは、後に彼が確立したヨルバの踊りとリンディホップを融合した独自の武道「ヤーラ」の基礎を形成した。彼はカマキリが自由に歩き回っていた庭に自らの手で建てた道場で、「ヤーラ」を30年にわたって教えた。彼は「A Mind-Body Deal」展で、「ヤーラとはヨルバ語で、"軽快で柔軟であること"を意味する」と説明した。「私にとってそれは自分の文化やライフスタイルの一部だったから、この動きに流れ込むのは自然なことだった。」彼の言葉の選択は偶然の一致ではない- 「rhythm」という言葉の一部は「rhein」(流れる)という言葉から派生している。これらはすべて同じ源流に端を発しているのだ。ピアニストで彼のコラボレーターでもあったジェイソン・モーランは、グレイヴスへの追悼文のなかで「彼は最高の"育てる人"だったと思う。いつもかっこよくて、絶えず動き続け、深く関わっていた」と記した。最近グレイヴスは、モーランに「自然が私たちに何を与えてくれるのか、私たちにはわからない」と語った。ヤーラの動きや彼のドラミングスタイルの特徴である流れるようなポリリズムのように、グレイヴスは直感的、即興的に応え続けた。音楽、医療、そして創造的な生活のなかで生み出された彼の作品は、私たちをもっと明らかに繋げてくれる周囲のリズムに耳を傾けようと呼びかけてくれるだろう。

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Milford Graves Middleheim Double Gong © Archival footage in the film Milford Graves Full Mantis © courtesy Jake Meginsky

 

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Exhibition image from ‘Milford Graves: A Mind-Body Deal’ at the ICA Philadelphia © courtesy Ars Nova Workshop

 

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Milford Graves Full Mantis (film still), 2018 © courtesy of Jake Meginsky

 

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