アン・イムホフはテンションを自在に操る魔術師だ。ドイツ出身である彼女の喚情的に命題されたマルチメディア作品−「Angst(恐怖)」「FAUST(ファウスト)」、「SEX(セックス)」、そして新作の「Natures Mortes(ネイチャー・モルテ)」− はどれも予測不可能で自由気まま、まるで感情のジェットコースターの様だ。彼女の作品は暴力、権力、監視、不安そして夜遊び等のテーマを織り交ぜ、生と死そして、その間の距離を描写すべくイメージを駆使する。

Frances Chiaverini, Josh Johnson, Sacha Eusebe in Anne Imhof, Sex, Tate Modern, London
Photo Nadine Fraczkowski c/o the artist
アン・イムホフのパフォーマンスの中に自己を見出すことは17世紀のフランス人哲学者ブレーズ・パスカルが「どこかで、なにか素晴らしいことが、誰かに発見して貰いたくてうずうずしている」と述べた様な、閾の中に存在するという事に似ている。
「どこかで、まだ知られていない驚くべき何かが待っている。」

Eliza Douglas in Anne Imhof, Faust, 2017, German Pavilion, 57th International Art Exhibition – La Biennale di Venezia © Photo Nadine Fraczkowski c/o the artist
1978年、ドイツのギーセンに生まれたイムホフはフルダの近郊で育ち、現在はベルリンとニューヨークを行き来しているー後者がイムホフのキャリアを形成したと言っても過言ではないであろう。フランクフルトで彼女はStädelschule芸術専門大学に通いながらナイトクラブの「ロバート・ジョンソン」でバウンサーとして働き、夜の街の一部と化した。これらの経験が後の彼女の作風の核となるー彼女のパフォーマンスはしばしば、照明が照らされた時のクラブに例えられる。イムホフが起用する多くのパフォーマー達に実際に出会ったのもフランクフルトである。しかしながら、彼女のスターパフォーマーは、彼女のパートナーでもあり、アーティストでミュージシャンでバレンシアガのミューズでもあるイライザ・ダグラスで、2人はベルリンで出会った。イムホフを首謀者とした彼女の一味は、ウォーホールとその悪名高いスーパースターズと比較される事もあるが、とりわけ彼女の仲間は、イムホフが現在崇められている作品のバックボーンを形成したのだ。地道なミックスメディアによる継続的な一連のパフォーマンスがイムホフを芸術界の国際的なスターにした。それはロンドンのテート・モダン、ニューヨークのモマPS1、パリのポンピドゥー・センターでの活躍を見ても明らかで、2017年のベニス・ビエンナーレでは最優秀国民参加において金獅子賞を受賞した。 記憶に新しい所で言えば、彼女はバーバリーの2021年春夏プレゼンテーション用にリカルド・ティッシの協力の下、ファッションショー/パフォーマンス映画を監督した。

Eliza Douglas in Anne Imhof, Angst II, 2016, Hamburger Bahnhof | Photo Nadine Fraczkowski c/o the artist
「FAUST (ファウスト) の中で観客と演者が 同じ瞬間を共有する 瞬間があるのです。それは、さほど快適な 瞬間ではありませんが、 誰も立ち去りません。 全員がただ、 そこに留まるのす。」アン・イムホフ
-Anne Imhof

Josh Johnson in Anne Imhof, Sex, Tate Modern, London
Photo Nadine Fraczkowski c/o the artist

Eliza Douglas in Anne Imhof, Faust, 2017, German Pavilion, 57th La Biennale di Venezia © Photo Nadine Fraczkowski c/o the artist
イムホフの最新のアーティスティック・インターベンションである「Natures Mortes(ネイチャー・モルテ)」−フランス語で「静物」の意—はパレ・ド・トーキョーによって主催された「包括的かつポリフォニックな作品」であり、彼女にとって過去最大の個展となっている。この個展では過去から現在に至るまでの彼女の仕事、映画、パフォーマンス、絵画、彫刻が展示されているばかりでなく、ヴォルフガング・ティルマンス、デイビッド・ハモンズ、エヴァ・ヘスその他多数の芸術家達との対談も含まれる。10月の14日〜18日、そして21日〜24日には会場の中心で新たなパフォーマンスが公開される; パッドで保護された柱が、静かなカオスの兆しを予示している。
「Natures Mortes(ネイチャー・モルテ)」の中心には視点、支配、そして監視を遊び心と共に用いたガラスの「迷路」がある。それは2017年、ベニス・ビエンナーレの「FAUST(ファウスト)」で披露した分厚い透明のフローリングや、その2年後の「SEX(セックス)」にてパフォーマーと観客を隔てたバリアを彷彿とさせる。イムホフの最も有名な作品である「FAUST(ファウスト)」−「拳」を意味する−は7ヶ月にも及ぶ、5時間のデュレーションパフォーマンスだった。抑圧、退屈、そしてファシズムの象徴がパフォーマー達−彼等は火を灯し、歌い、叫び、そして、うろつくのだが−を取り囲み、時として観客をナチス政権下にエルンスト・ハイガーによって再設計された質素な20世紀の建造物であるジャーマン・パビリオンに閉じ込めるのだ。イムホフは見張りのために外に2頭のドーベルマン・ピンシャーを置いた。ロッタ・ヴォルコヴァとのインタビュー誌での対談でイムホフはこう述べた: 「”FAUST(ファウスト)”の中で観客と演者が同じ瞬間を共有する瞬間があるのです。それは、さほど快適な瞬間ではありませんが、誰も立ち去りません。全員がただ、そこに留まるのです。」

Anne Imhof, Passage (2021) Glass, steel, wood, acrylic | Courtesy of the artist, Galerie Buchholz & Sprüth Magers | Photo Andrea Rossetti

View of the exhibition, Anne Imhof, Natures Mortes, Palais de Tokyo | c/o the artist
Galerie Buchholz & Sprüth Magers
Nature Mortes suspends us between the living, the dead, and the rebirthed, like the still lifes that Imhof signals in the show’s title, or the greats that hang on the walls beside her.

Performance view, Anne Imhof, Sex, Tate Modern, London | Photo Nadine Fraczkowski c/o the artist
そのちょうど1年前にイムホフは「Angst(恐怖)」をスイスのクンスターレ・バーゼルで発表していた。3部構成のオペラは様々な都市−ベルリンのハンブルガー・バーンホフやモントリオールのモントリオール・ビエンナーレを含む−を飛び回ったドローンやファルコンによって完成された。「オペラ」とはイタリア語で「仕事」を意味する。この3部作のライブパフォーマンスを通して、イムホフは自身のパフォーマー達を数時間に渡り酷使する。スマートフォンでメッセージを送ることにより指示を出すのだ: これは権力を遊び心と共に皮肉っているのだが、パフォーマーがイムホフの命令に従うにしろ、そうでないにしろ、究極的には彼女の作品を通じて随所に見られる行為主体性そのものなのだ。
2019年にイムホフは「SEX(セックス」公演の為にロンドンにあるテート・モダンのタンクを占拠した。そのパフォーマンスは公演名とは裏腹に親密さ、エロティシズムそして感情でさえもが欠落したものであった。イムホフのパフォーマー達はぼんやりと前を見つめたり、仰向けになり天井を凝視したりし、その空間に存在したのはナルシシズムと孤独だった。彼等は目に見えない、抗えない、もしくは抗おうとすらする気になれない程巨大な力に翻弄されているように見受けられる。 空間を取り巻くのは、ウォーホールのマリリン・モンローを彷彿とさせるダグラスの絵画や版画が原子爆発の写真と混ぜられた展示で、私達に私達自身の死を連想させんとばかりの迫力である。
「Natures Mortes(ネイチャー・モルテ)」は私たちを生者、死者そして転生者の間に宙ぶらりんにする。それはまるでイムホフが展示の題名で示唆する静物や壁に掛けられた、彼女の隣に並ぶ偉人達の様だ。 イフホムは光と闇の間に振り子を揺らす; (つまり生、死、抵抗、自由の間に)そして私たちを彼女の旅へと誘う。それはパレ・ド・トーキョーの心臓部への旅であり、形而上学の敷居をまたぎ、ひょっとしたら、何か素晴らしい事がまさに起ころうとしているのかもしれない、閾の境地へと踏み込む旅でもあるのだ。

Frances Chiaverini, Eliza Douglas in Anne Imhof, Sex, Tate Modern, London | Photo Nadine Fraczkowski c/o the artist

Anne Imhof, Maze (2021) Steel, glass | c/o the artist, Galerie Buchholz & Sprüth Magers | Photo Andrea Rossetti

View of the exhibition, Carte blanche à Anne Imhof, Natures Mortes, Palais de Tokyo | c/o the artist, Galerie Buchholz and Sprüth Magers
Text: Ashleigh Kane
Images: © Courtesy Anne Imhof Studio